茶道師範でもある作庭家の高橋良仁さんが手掛けた自宅の茶庭(露地)は、住宅街の一角とは思えない、静寂な空気が流れる異空間。茶道になじみのない人も心を奪われる、伝統的な美意識が詰まった癒やしの茶庭を拝見しました。
作庭家の高橋良仁さんは、17年前、埼玉県北浦和の住宅街に自宅を建てたとき、本格的な茶室を設けました。その際、140㎡程のスペースに茶庭(別称:露地)も作り、ご本人の茶名瑞鳳庵宗仁にちなんで“瑞鳳庵”と名付けたそう。ご自身の設計、施工による茶庭は、丁寧な技術に独創的なセンスを織り交ぜた、一貫性のあるくつろぎの和空間として評判となり、時折海外から訪れる人もいるんだとか。
「茶室で客人をもてなす茶事を催す際に、なくてはならないのが茶庭です。一連の所作を、あうんの呼吸で進めるのが茶事のたしなみですが、物言わぬ時間を過ごすからこそ、細部の作りがいっそう大切な役割を果たします」(有限会社庭良代表取締役 高橋さん・以下同)。別世界のオーラを放つ茶庭の中身を、見せていただきました。
目次
木漏れ日と風が心地いい
客人の待機スペース「腰掛待合」は
踏み石ひとつにも意味やこだわりが
「腰掛待合は、客が静かに座って景観を楽しみながら、亭主が出迎えにくるのを待つスペースなので、居心地の良さも必要です」。長年かけて各地から集めているという石は、形や色、配置など、高橋さんのセンスとこだわりが感じられる、見た目のバランスがいい作りに。実際に座ってみて驚いたのは、一般の住宅の庭にいるとは思えない心地よさ。まるで古寺を訪れたようなすがすがしさを覚えました。
住宅になじむようアレンジされた「中門」
苔に埋もれた飛び石が風情を呼びます
茶事の際、ご亭主は、頃合いを見計らいながら中門に出て“腰掛”で待つ客と初めて顔を合わせます。「露地(茶庭)は中門を境に、内露地と外露地に分けられています。中門は比較的作り手の好みが反映されることが多く、こちらも屋根が湾曲になったオリジナルバージョン。苔が後から自然に生えました」。完成から時を経るごとに飛び石が苔に埋もれていき、中門ともあいまって、いっそう風情のある景観へと変化していくところも見どころ。
50種類以上ある素朴な山採りの樹木を
効果的に「植栽」したことで
年月を経てより表情豊かな庭へ進化
植栽には特に決まりがなく、美術のような感覚で自由に作り上げていったという高橋さん。「最初に選んだのは、山採りをメインにした50種類ぐらいの木々。後から加えた植物も育ち、最初に見越していた通り、バランスよく木漏れ日が入るように」。秋になると紅葉がひときわ美しい高橋邸。手をかけなくても自然に味わいが増していくのが、日本の庭が持つ魅力です。
古来の決まりに沿って作られた「躙口(にじりぐち)」。
軒で庭と建物をつなぎ一体感のある庭に
壁に取り付けられた引き戸が、躙口(にじりぐち)と呼ばれる茶室への入り口。にじって入りやすいよう、亭主の膝の位置を目安に設計されているのだとか。「躙口(にじりぐち)の寸法や形、作りにはある程度決まりがあり、それに習って作りました。庭と建物をつなぐ軒内は日本建築の特徴的な部分。茶庭に一体感を出す役割を担っています」
◆名庭〈瑞鳳庵露地〉はこうして誕生◆
この場所は、「借景」に頼れない新興住宅地。茶庭に求められるのは、あたかも山の中にいるような静寂さなので手腕が問われるところ。「隣接する家を含めた近隣の景色を視界から取り除き、周囲とは異質な空気感を作ることを意識しました」。具体的には、背景に石を積み上げることで周りから遮断された空間を作り上げました。約3カ月かけて茶庭が完成し、「瑞穂庵露地」と命名。「17年前より木々が大きくなって地苔も増えたので、庭に新たな広がりが見えてきました。そんな成長を見るのも楽しみのひとつです」
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細かなルールと自由発想の部分、その両方があるからこそ、伝統的ながら独創的な空間を作ることができた高橋邸の茶庭。戸建てに住んでいても、ここまで立派な庭はなかなか作ることができませんが、もしこれから自宅に庭をと考え中なら、日本庭園や茶庭の決まり事を少し意識してみると、個性的でありつつ落ち着きのある空間が手に入るかもしれません。
(撮影/相澤琢磨)
取材したのはこちら
今回茶庭を見せていただいた、作庭家の高橋良仁さんは、庭の設計施工管理を自社で行う作庭事務所の代表。露地など伝統的な技法により自然素材を活かした庭作りや近代建築にも合う庭作りも行う。常に自然と人の関係を思考し、現代の「日本の庭」を模索しながら作庭しています。現場ではいつも厳しい職人の顔を持ちながら、普段は優しいおじいさま。「古いものが珍しいのか、孫が遊びにくると楽しそうに茶庭で遊んでいます」と目を細める一面も。